No.2 人生とは・・・
 一時は大きな成功を収めたもののその後は下降線を辿り、晩年には汚名を背負う経営者は、成功の裏側にひそんでいたものが露呈したようで、なんとなく悲哀めいたものを感じます。

 ダイエー創業者の中内さんが神戸の病院で去る2005年の9月19日に 83歳で他界しました。その年の8月下旬に脳こうそくで倒れて亡くなるまで、意識が戻ることはありませんでした。一度は天下を取って経団連の副会長にまで上り詰め、まさに"巨星、堕(お)つ"の感がある反面、80歳を過ぎてから会社を追われ、問題のある経営者としての烙印を捺されたままであるために、いささか無念さの残る最期です。

 中内さんは1957年に大阪の千林商店街で「主婦の店ダイエー薬局」を開業。食品や衣料品など幅広い品を揃えた近代的スーパー経営の先駆けとなり、72年には売上高で三越を抜いて小売業の日本一になりました。

 それでも中内さんの事業意欲は止(とど)まらず、ローソンなどの事業を次々と展開、リクルートやプロ野球ダイエーホークスの経営にまで進出して「ダイエー帝国」と呼ばれるグループ企業を築き上げたのです。  しかし、周囲をイエスマンで固めるなどワンマン体制の弊害が露呈し、その後の経営は一挙に悪化しました。
 
 既にイオンやイトーヨーカドーなどが業界をリードするようになっており、"ダイエーには何でもある。しかし、欲しいものは何も無い"と囁(ささや)かれ、中内さん自身も晩年"消費者が見えんようになった"と嘆くこともあったといいます。01年に責任を取る形で取締役を退任。
 しかし遅すぎた決断で、もはや売り場は荒廃していました。その後、私財を投じて設立した流通科学大学の学園長に就きますが、個人的にも多額の負債を抱え、実際はほぼ破産状態だったと伝えられています。昨年には豪邸や所持する全株式を売却し、名実ともにダイエーから決別していったようです。
 昨年亡くなった日本マクドナルドの藤田田(でん)氏も、大きな成功を収めながら晩年には不遇というか、苦しみながらも評判を落としていった経営者です。 それぞれの分野で成功を収めた人が晩年に凋落の道を辿っていくのは経済界だけでなく、あらゆる分野の指導者の中に発見できます。田中角栄や金丸信といった政治家をはじめ、プロスポーツや文化・芸術の世界などでも数え切れません。

  心理学の研究を続ける旅行作家の小林正観氏が次のように語っています。 「私達の人生は、前半生の人生は求めて、求めて、それを手に入れていく作業なんですね。でも後半生は求めていく作業ではなくて、いかに捨てていくか、なんです。それをあるところでキチンと切り替える。平均寿命を80歳とすると、40歳が折り返し地点になります。そこを過ぎた人は、これからは求めるのではなくて、如何に捨てていくかの作業が始まるんです。」

――なるほど、なるほど…………。 小林氏の話はまだ続きます。
 「若さや美貌への執着も捨てるんです。今まで、若い、美しいと評価されてきた、その執着を捨てるんです。それを、欲しい、まだ欲しい、絶対失わないぞ、って頑張るとストレスになります。人間が老いていくというのは、ずっと捨てていく作業なんですね。最終的には妻や夫を失う。でも捨てていく作業の中で一番大きなものは『私』がしっかり抱え込んでいる価値観、『私』がこだわっているもの、地位や名誉や他人からの評価や頑張り…そういう価値観や固定観念なんです。そういうものを捨てていった時に、人間はものすごく楽になることができます。」

――ウーム、なるほど、なるほど…………。 「求める人生から捨てる人生へ変わる転換点は人によって違うでしょう。 それが40歳の頃か、もっと晩年に訪れる人もあるでしょう。」

――ウーム、なるほど、なるほど…………。 と小林氏の考え方には感心せざるを得ない部分もたしかにあります。 要は、小林氏のいうところは、"人生の後半生は求めていく作業ではなくて、捨てて作業だと思い切れば、心安らかに過ごせますよ"ということなのでしょう。多分一面の真理だと思います。 とは云っても、今まで半生掛かって築いてきたものを、老後を迎える後半生に バリバリと「捨てて行く作業に入る」ということは私みたいな欲深い凡人には中々自信が持てるところではありません。 むしろ、「バリバリと捨てていったらそれこそ大きなストレスを抱えて参ってしまう」と考えてしまうのです。 貴方は、如何お考えでしょうか?

以上

                      

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